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神戸地方裁判所尼崎支部 平成3年(ワ)187号 判決

原告

田内ひとみ

ほか二名

被告

岡洋太郎

ほか一名

主文

一  被告岡洋太郎は、原告田内ひとみに対し、金一九一万五三〇一円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告岩本信行は、原告田内盛蔵に対し、金一二万五〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告岩本信行は、原告田内淑子に対し、金八九万一〇三四円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告田内ひとみの被告岡洋太郎に対するその余の請求及び被告岩本信行に対する請求並びに原告田内盛蔵及び原告田内淑子のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、別紙訴訟費用負担一覧表「費用」欄記載の各費用をそれぞれ同表「負担者」欄記載の者の負担とする。

六  この判決は、第一ないし三項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

一  請求

1  被告らは、原告田内ひとみ(以下「原告ひとみ」という。)に対し、各自六〇一万一二一〇円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告岩本信行(以下「被告岩本」という。)は、原告田内盛蔵(以下「原告盛蔵」という。)に対し、二四万〇四〇八円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  被告岩本は、原告田内淑子(以下「原告淑子」という。)に対し、一五七万五六二〇円及びこれに対する昭和六三年六月二三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  事案の概要

本件は、被告岡洋太郎(以下「被告岡」という。)運転の自動車が原告ひとみ運転の自動車に接触したことによつて原告ひとみが負傷し、その約二か月後、被告岩本運転の自動車が原告ひとみの父である原告盛蔵運転の自動車に追突したことによつて原告らが負傷したとして、原告ひとみが被告らに対し、原告盛蔵及び原告淑子(原告ひとみの母)が被告岩本に対し、それぞれ自賠法三条に基づいて損害賠償を請求した事案である。

1  争いのない事実等

(一)  本件各事故

(1) 第一事故

被告岡は、昭和六三年四月二〇日午前八時四〇分ころ、同被告が保有し、自己のために運行の用に供する普通乗用自動車(以下「被告岡車」という。)を運転し、大阪市西淀川区出来島二丁目八番一二号付近道路を進行中、原告ひとみ運転の普通乗用自動車(以下「原告ひとみ車」という。)と接触する交通事故を起こした。

(2) 第二事故

被告岩本は、昭和六三年六月二三日午後八時三〇分ころ、同被告が保有し、自己のために運行の用に供する普通乗用自動車(以下「被告岩本車」という。)を運転し、大阪市此花区伝法三丁目一四番付近道路を進行中、原告ひとみ及び原告淑子が同乗する原告盛蔵運転の普通乗用自動車(以下「原告盛蔵車」という。)に追突する交通事故を起こした。

(二)  原告らの入通院状況

(1) 原告ひとみ

(第二事故発生までの入通院)

〈1〉 昭和六三年四月二〇日河村病院に通院

〈2〉 昭和六三年四月二〇日から同年五月一八日まで頸部捻挫で多根病院に通院(実日数六日)

〈3〉 昭和六三年五月二〇日から同年六月一七日まで外傷性頸部症候群で兵庫医科大学病院脳神経外科に通院(実日数五日)

(第二事故発生以後の入通院)

〈1〉 昭和六三年六月二四日から少なくとも平成三年二月二一日まで外傷性頸部症候群で兵庫医科大学病院脳神経外科に通院(実日数八三日)(甲四の2ないし41、乙B五)

〈2〉 昭和六三年八月二五日から同年一一月二日まで市川整骨院に通院(実日数一四日)(甲三四)

〈3〉 昭和六三年一〇月二九日から平成元年一一月二六日まで、同年一二月一五日から平成二年三月一日まで外傷性頸部症候群で兵庫医科大学病院麻酔科に通院(実日数一一四日)(乙B四)

〈4〉 平成元年一一月二七日から同年一二月一四日まで外傷性頸部症候群で同病院麻酔科に入院(一八日)(乙B二、四)

〈5〉 平成元年八月一九日から同年一一月九日まで同病院リハビリ科に通院(実日数一二日)(甲一六の132ないし184)

〈6〉 平成元年九月一一日及び同月二五日頸部捻挫で同病院整形外科に通院(乙B一)

〈7〉 平成二年六月五日から少なくとも平成三年二月二八日まで神経症性うつ病で同病院精神神経科に通院(実日数三六日)(甲五の1ないし36、乙B三)

(2) 原告盛蔵

昭和六三年六月二四日及び同年七月一日頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群で兵庫医科大学病院脳神経外科に通院(甲一一、一四の1、2、原告盛蔵)

(3) 原告淑子

〈1〉 昭和六三年六月二四日から平成元年三月二〇日まで頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群で兵庫医科大学病院脳神経外科に通院(実日数一七日)(甲一二の1ないし19、一三)

〈2〉 昭和六三年八月八日坂田接骨院に通院

2  争点

(一)  第二事故と原告らの傷害との間の因果関係

原告らは、第二事故における追突の衝撃は相当なものであり、原告盛蔵車の損傷が軽微であつたとしても、このことから直ちに追突の衝撃がわずかであつたとはいえず、第二事故と原告らの傷害との間には因果関係がある旨主張している。これに対し、被告岩本は、被告岩本車を運転し、停止直前の時速五キロメートル以下の速度で原告盛蔵車後部に追突し、同車後部バンパーを若干凹損させたに過ぎないから、第二事故と原告らの傷害との間には因果関係がない旨主張している。

(二)  原告ひとみの損害

(1) 原告ひとみの症状及び治療経過等

原告ひとみは、平成三年二月二八日に至つても未だ症状が固定していないものとして本件請求をしているが、原告ひとみの症状が固定した時期につき、被告岡は、遅くとも平成二年四月二〇日には症状が固定したと主張し、被告岩本は、症状固定の時期は受傷後六か月の時点あるいは昭和六三年九月三〇日であると主張している。

(2) 原告ひとみの損害額

(3) 原告ひとみの心因的要因による減額

被告岡は、本件各事故はいずれも軽微であつたこと、原告ひとみの症状をみると、昭和六三年九月ころからうつ病の傾向が顕著になつたことなどを考慮すると、原告ひとみの症状固定日までの症状のうち本件各事故が寄与した割合は二割と解するのが相当である旨主張し、被告岩本は、本件各事故による原告ひとみの受傷に対する相当な治療期間は、症状固定日である受傷後六か月の時点あるいは昭和六三年九月三〇日までである旨主張している。これに対し、原告ひとみは、その症状は心因的要因に基づくものではなく、仮に心因的要因の影響があるとしても、加害者は被害者のあるがままを受け入れなければならないのが基本原則であるから、心因的要因を理由として賠償額を減額することは不当である旨主張している。

(4) 原告ひとみの損害に対する被告らの責任

原告ひとみは、第二事故発生以後の損害については被告らが共同不法行為責任を負うことを前提として右一1のとおり請求しているが、更に、原告ひとみの受傷に対する本件各事故の寄与割合につき、第一事故と第二事故のいずれがより大きな衝撃を原告ひとみに与えたともいい難いので、本件各事故の寄与割合はそれぞれ五割である旨の主張をしている。これに対し、被告らは、本件各事故は共同不法行為の関係にないことを前提とした上、被告岡は、第一事故と第二事故の物理的な衝撃はいずれも軽微なものであつたが、原告ひとみに与えた心理的な影響は第二事故の方が重大であつたから、原告ひとみの症状に対する寄与割合は第一事故が三割、第二事故が七割とするのが相当である旨主張し、被告岩本は、第二事故による原告ひとみの受傷に対する相当な治療期間は、長くとも一か月に過ぎない旨主張している。

(5) 過失相殺(第一事故について)

被告岡は、第一事故につき、原告ひとみにも徐行及び安全確認義務に違反した過失があり、過失割合は被告岡と原告ひとみとでそれぞれ五割とするのが相当である旨主張している。これに対し、原告ひとみは、第一事故による原告ひとみ車の損傷につき、その修理費全額が原告盛蔵に支払われており、そのときに被告岡と原告らとの間で専ら被告岡に過失があつて原告ひとみには過失がないとの過失割合に関する示談契約が成立しているから、被告岡の過失相殺の主張は失当であるとし、更に、被告岡は、進路変更の合図を出さず、しかも後方の安全を十分確認しないまま、急発進して進路変更したのであり、被告岡の過失の程度は大きいというべきであるとの主張もしている。

(三)  原告盛蔵の損害

(四)  原告淑子の損害

三  争点に対する判断

1  第二事故と原告らの傷害との間の因果関係

第二事故の態様等につき、前記争いのない事実等の外、証拠(甲二四、乙B五、一一ないし一六、検乙B一ないし四、原告ひとみ、原告盛蔵)によると、被告岩本は、昭和六三年六月二三日午後八時三〇分ころ、被告岩本車を運転し、大阪市此花区伝法三丁目一四番付近道路を南から北に向つて時速約五〇キロメートルで進行していた際、同乗者との雑談に注意を奪われ、前方注視を怠つたため、進路前方に原告盛蔵車が渋滞のため停止しているのをその手前約二二メートルの地点に至つて初めて発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、同車後部に自車前部を追突させたこと、これによつて、原告盛蔵車は、前方に約〇・五五メートル押し出され、後バンパー(右端から八〇センチメートル、高さ四〇ないし五〇センチメートル)が凹損するなどの損傷を受け、一方、被告岩本車は、前バンパー、ボンネツト(左端から一〇〇センチメートル、高さ四七ないし五七センチメートル)に打突痕を受けた上、前ナンバープレートが脱落したこと、また、本件追突時の原告らの状況については、原告盛蔵は、急に追突された身体が前後にしゃくられた格好になり、背骨の真中が押し出される形で背骨が弓なりに曲がつたこと、原告淑子は、後部座席で横になつていたとき追突され、その弾みで身体が浮き上がり、座席から下に落ちて頭や手を打つたこと、原告ひとみは、急に追突され、シートベルトを装着していたが、身体が前後に揺すられたこと、そして、原告らは、第二事故の翌日に兵庫医科大学病院脳神経外科で診察を受け、原告盛蔵及び原告淑子はいずれも頭部外傷Ⅰ型、外傷性頸部症候群と診断され、原告ひとみも外傷性頸部症候群と診断されたこと、なお、原告ひとみは、第一事故によつて負傷し外傷性頸部症候群と診断され、その治療のため通院中であつたが、本件追突後にその症状が増悪したこと、その他、第二事故現場付近の道路はアスフアルト舗装された平坦な道路であり、第二事故当時は雨が降つており路面が濡れていたことなどが認められ、これらの事実を総合すると、被告岩本車に乗つていた被告岩本及びその同僚ら二名は、いずれも第二事故によつて負傷していないこと、被告岩本車の同乗者は、被告岩本車は停止する寸前に原告盛蔵車に追突した旨供述していることなどを考慮しても、本件追突の際、原告らが受けた衝撃の程度は軽微であつたとはいえず、原告には、本件追突によつて右に認定した各傷害を負つたと認めることができる。

2  原告ひとみの損害

(一)  原告ひとみの症状及び治療経過等

前記争いのない事実等の外、証拠(甲一、乙A二ないし五、乙B一ないし五、一七の1ないし4、一九、証人蒲恵蔵、原告ひとみ)によると、原告ひとみは、第一事故の当日である昭和六三年四月二〇日、吐き気があり気分が悪くなつて河村病院に赴いて診察を受けたが、レントゲン検査では異常がなく、軽いむち打ちと言われたこと、右同日から同年五月一八日まで多根病院に通院していたときは、頭痛、頸部痛、虚脱感、両手のしびれ等を訴えていたが、症状は比較的軽かつたこと、原告ひとみは、同月二〇日、吐き気、頭痛、肩凝り等を主訴として兵庫医科大学病院脳神経外科で受診し、他覚的には大後頭神経の圧痛が認められ、外傷性頸部症候群と診断されて鎮痛剤等を投与されたこと、原告ひとみは、その治療中の同年六月二三日、第二事故に遭つて第一事故と同様の傷害を負い、継続して治療を受けたが、症状は改善せず、不眠、全身倦怠感等の症状が出現し、同年九月になつて精神的な不安定要素、うつ的な症状が強くなり、同月三〇日から抗うつ剤を投与されたこと、また、原告ひとみは、同年一〇月二九日から平成元年一一月二五日まで同病院麻酔科で星状神経節ブロツクを施行されたが、その効果があつたのは最初だけで、その後は効果がなくなつたこと、その間の同年八月一九日から同年一一月九日までの間には、同病院リハビリ科で牽引とホツトパツクを受けたこと、更に、原告ひとみは、同月二七日から同年一二月二四日まで同病院麻酔科に入院して持続硬膜外ブロツクを受けたが、これも効果がなく、その後は睡眠鎮静剤、消炎鎮痛剤、抗うつ剤等の投与のみとなつたこと、ところで、原告ひとみにつき、昭和六三年七月に同病院脳神経外科でMR―CT(磁気共鳴コンピユーター断層撮影)によつて頸椎を検査した結果、異常所見はなく、平成元年九月に行われた神経学的検査、レントゲン検査でも特に異常所見は認められなかつたこと、原告ひとみは、平成二年になると、頭痛、頸部痛等に加え、不眠、焦燥感、うつ気分等の精神症状が増強し、同年六月三日には右手首を切つて自殺を企て、同月五日、同病院神経科で神経症性うつ病と診断され、心因性と思われ典型的なうつ症状及び自律神経症状疼痛が認められたこと、以上のように原告ひとみの治療が長期に及んだのは、頭痛や頸部痛といつた大後頭神経の症状だけでなく、吐き気、めまい等の自律神経症状(バレ・リユウ症候群)があり、かつ、不安、不眠等の神経症状(心因性の症状)がみられたためであり、主として心因的要因に基づくものであることなどが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

そして、右に認定した事実に基づいて判断すると、原告ひとみの愁訴は多岐にわたり、その治療期間も受傷の内容、程度に照らして通常必要と認められるものより相当長期化しており、この長期化には心因的要因が大きな影響を及ぼしているが、原告ひとみの症状は、いずれも本件各事故を契機とし、これらによる受傷と心因的要因が競合して発現したものと認めるのが相当であるから、兵庫医科大学病院精神神経科における治療も本件各事故と相当因果関係があるといわなければならず、同病院精神神経科における平成三年二月二八日までの治療期間中に治療を継続してもその効果を期待し得ない状態となつたと認めるに足りる確かな証拠はないので、結局、右同日の時点では原告ひとみの症状は未だ固定するに至つていないといわざるを得ない。これに対し、同病院脳神経外科医師蒲恵蔵は、原告ひとみの症状固定の時期は第一事故から約二年を経過した平成二年四月ころであると判断している(乙B一七の1、4、証人蒲)が、同医師は、原告ひとみの症状は昭和六三年九月ころから格別の変化がなかつた旨証言している上、外傷性頸部症候群では受傷後二年を経過したころに症状が固定するのが通常である旨の証言もしており、右判断に当たつて精神症状を念頭に置いていない可能性があるので、右判断を採用することはできない。

(二)  原告ひとみの損害額

右(一)の判断を前提として原告ひとみの損害額を算定すると、次のとおりになる。

(1) 治療費 五二万一一〇〇円(請求額と同じ)

平成二年三月一日から平成三年二月二八日までの兵庫医科大学病院分は、脳神経外科が四三万五六五〇円、麻酔科が一万六五〇〇円、精神神経科が六万八九五〇円である(甲四の1ないし41、五の1ないし36)。

(2) 通院交通費 一八万〇一一〇円(請求額と同じ)

平成二年三月一日から平成三年二月二八日までの通院交通費であり(甲六の1ないし7、七の1ないし54、八の1ないし3)、これには電車及びバスの運賃の外にタクシー代もかなり含まれているが、原告ひとみの症状、交通の便等からみて右金額はやむを得ないということができる。

(3) 休業損害 二六〇万六六一二円(請求額三〇四万円)

原告ひとみは、平成二年一月一日から平成三年二月二八日までの休業損害を請求しているが、証拠(乙B一七の1ないし4、原告ひとみ、原告盛蔵)によると、原告ひとみは、昭和四二年一二月一五日生まれの健康な女子であつたこと、遅くとも短期大学在学中の昭和六二年には原告盛蔵の経営する寿司店でアルバイトとして働いており、本件各事故当時には短期大学を卒業して同店でレジ及び給仕の仕事に従事していたこと、ところが、第一事故によつて負傷し、兵庫医科大学病院脳神経外科の初診時には就労が不能であると診断され、更に第二事故に遭い、少なくとも平成二年八月二日までは就労が困難な状態が続いたことが認められるので、これらの事実にかんがみ、かつ、その後平成三年二月二八日までの間に原告ひとみが就労可能になつたと認めるに足りる事情は窺われないことを考慮すると、原告ひとみは、平成二年一月一日から平成三年二月二八日までの間、休業を余儀なくされたと認めることができる。

次に、原告ひとみは、本件各事故当時、給与として一か月一六万円(月三〇日として一日当たり五三三三円)、賞与として年に給与の五か月分の八〇万円を得ていたので、右期間の休業損害は、給与一四か月分の二二四万円及び平成二年の賞与八〇万円で、合計三〇四万円となる旨主張しているが、証拠(甲二、三、二八、乙A一一、一二、原告盛蔵)によると、原告ひとみは、昭和六三年二月までは給与として年額八四万円(一か月七万円)を得ていたに過ぎないこと、ところが、本件各事故当時の給与は、右主張のとおりであり、当時の同年代の女子に比べて高額であつたこと、この給与の額は、原告盛蔵が所得の分散という意味を含めて定めたものであることなどが認められ、これらの事実を考慮すると、仮に原告ひとみが右主張のとおりの給与を得ていたとしても、休業損害として認められるのは、右給与の額のうち労働の対価としての部分に限られるというべきである。そうすると、原告ひとみの休業損害算定のための基礎金額は、昭和六三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の二〇歳から二四歳までの女子労働者の平均年間給与額二二四万三九〇〇円と認めるのが相当であるから、右期間(四二四日間)の休業損害は二六〇万六六一二円となる。

(4) 慰謝料 一三〇万円(請求額一七四万円)

原告ひとみの昭和六三年四月二〇日から平成三年二月二八日までの慰謝料は、その受傷の部位・程度、右期間の治療経過その他諸般の事情にかんがみると、一三〇万円が相当である。そして、このうち、第一事故から第二事故までの間の慰謝料が三〇万円、第二事故から平成三年二月二八日までの慰謝料が一〇〇万円とするのが相当である。

(三)  原告ひとみの心因的要因による減額

右(一)で認定したとおり、原告ひとみは、第一事故によつて外傷性頸部症候群の傷害を負つた上、その治療中に第二事故に遭つて同様の傷害を負い、その後、昭和六三年九月ころから精神的な不安定要素、うつ的な症状が出現し、同月三〇日から抗うつ剤の投与を受け、平成二年に入つてうつ症状が強くなり、同年六月三日には自殺を図り、同月五日神経症性うつ病と診断されたものであり、その治療期間は本件各事故のみによつて通常発生する程度、範囲を超えており、しかも、この治療の長期化には原告ひとみの心因的要因が寄与しているのであつて、このような場合には、原告ひとみに生じた損害を全部被告らに負担させることは公平の理念に照らし相当ではないというべきであるから、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用し、その損害の拡大に寄与した原告ひとみ側の事情を斟酌することができるものと解するのが相当である。そこで、原告ひとみについて認められる、本件各事故による受傷の部位・程度、これによつて発現した各症状の内容、うつ症状が現れた時期やその後の推移、これらの症状に対する治療経過等の諸事情にかんがみると、原告ひとみの第二事故以後の損害額から三割を減額するのが相当である。

そうすると、原告ひとみの第二事故から平成三年二月二八日までの損害額は、〈1〉 原告ひとみがほぼ支払を受けたとして請求から除外している第二事故から平成二年二月末日まで(但し、休業損害は平成元年一二月三一日まで)の損害額が六七六万八五一五円(別紙損害額一覧表B記載のとおり)、〈2〉右(二)で認定した平成二年三月一日から(但し、休業損害は同年一月一日から)平成三年二月二八日までの、慰謝料を除く損害額が三三〇万七八二二円、〈3〉右(二)で認定した第二事故から平成三年二月二八日までの慰謝料が一〇〇万円であるから、以上を合計すると一一〇七万六三三七円となるので、この金額から三割を減額すると、結局、本件各事故の加害者である被告らが原告ひとみに対して負担すべき損害額は合計七七五万三四三五円となる。

(四)  原告ひとみの損害に対する被告らの責任

まず、本件各事故は、時間的にも場所的にも全く関連性のないものであるから、共同不法行為にならないというべきである。そして、原告ひとみは、第一事故による外傷性頸部症候群の治療中に第二事故に遭い、これによつて第一事故によるのと同一の部位に同様の傷害を受けたのであるから、このような場合には、第二事故以降の損害全部について第一事故と第二事故の影響の大きさを割合によつて評価し、それぞれの寄与割合に応じて各加害者の損害賠償責任の範囲を定めるのが相当である。

そこで、原告ひとみの損害に対する本件各事故の寄与割合を検討するに、原告ひとみは、第一事故では、被告岡車と衝突したとき、かなり前後左右に揺すられ、頭部の右側が窓に当たつたが、第二事故の衝撃は、第一事故より軽かつた旨供述していること、もつとも、後記(五)及び前記1でそれぞれ認定した本件各事故の態様等によると、原告ひとみは、第一事故では自ら原告ひとみ車を運転し、被告岡車との衝突をその直前に予測していたが、第二事故では助手席に座つており、被告岩本車に追突されるのを予測していなかつたこと、また、証拠(乙B五、原告ひとみ、原告盛蔵)によると、原告ひとみは、第二事故前は、兵庫医科大学病院脳神経外科医師横田正幸から長くても約六か月で症状が軽減するであろうと言われていたが、第二事故後、頭痛、吐き気、不眠等の症状を強く訴えるようになり、症状が増悪したと認められること、その他、右(一)で認定した原告ひとみの症状及び治療経過等を総合して判断すると、原告ひとみの症状に対する本件各事故の寄与割合はそれぞれ五割と認めるのが相当である。

そうすると、原告ひとみの第二事故以後の損害額のうち、被告らが原告ひとみに対して負担すべき金額は、右(三)で判断したとおり合計七七五万三四三五円であるから、被告らは、それぞれ右合計金額のうち五割について損害賠償責任を負担すべきことになり、結局、原告ひとみが第二事故以後の損害について被告らに賠償を求めることができる金額は、被告らそれぞれに対し三八七万六七一七円となる。

(五)  過失相殺(第一事故について)

第一事故の態様等につき、前記争いのない事実等の外、証拠(乙A一の1ないし4、被告岡)によると、被告岡は、昭和六三年四月二〇日午前八時四〇分ころ、被告岡車を運転し、大阪市西淀川区出来島二丁目八番一二号付近の片側三車線道路の第三車線を西から東に向かつて進行し、進路前方が渋滞していたので、その右側の幅約三・四メートルのゼブラゾーンに進路変更しようとし、右折の方向指示器を点灯させたが、大型貨物自動車によつて右後方の見通しが妨げられていたのであるから、厳に右後方の安全を確認すべきであつたのに、その安全を十分に確認しないまま右に進路変更を始めたため、右後方からゼブラゾーンを同方向に進行して来た原告ひとみ車のブレーキ音を聞いて同車に気付き、とつさに左にハンドルを切つたが間に合わず、自車後側面を同車左前角部に衝突させ、その衝撃で同車右前角部を道路右側の側壁に衝突させたこと、一方、原告ひとみは、前記日時場所において、原告ひとみ車を運転して西から東に向つて第三車線を進行していたが、進路前方が渋滞していたため、右側のゼブラゾーンに進路変更し、このゼブラゾーンを時速約四〇キロメートルで進行したところ、第三車線を同方向に進行していた被告岡車が自車進路上に進路変更しようとしているのをその手前約一〇メートルの地点に至つて初めて発見し、急制動の措置を講じたが間に合わず、自車左前角部を同車右後側面に衝突させたことなどの事実を認めることができる。

原告ひとみは、本人尋問において、徐行に近い速度でゼブラゾーンを進行していたが、前方約一〇メートルの地点に第三車線から右に進路変更しようとしている被告岡車を発見したので、ブレーキを掛けてクラクシヨンを鳴らし、同車が停止したことを確認した上で進行したが、同車が右折の指示器も出さずに突然自車進路上に進行して来たので、同車と衝突し、側壁に接触した上、再び同車と衝突した旨供述しているが、原告ひとみの供述中には、第一事故当時の原告ひとみ車の速度につき、時速約四〇キロメートルであつたとする箇所もあること、第一事故当日の午後一時二〇分から行われた実況見分の際、第一事故現場付近の側壁には原告ひとみ車によるものと思われる長さ約二・五メートルの擦過痕が印象されていたこと(乙A一の1、2)、被告岡は、原告ひとみ車のブレーキ音を聞いている上、衝突後には第一事故現場付近の道路上に車長(乙A一の3によると、四・六九メートル)より長いくらいのスリツプ痕があつた旨供述していることなどに照らし、第一事故前後の状況に関する原告ひとみの供述中、右認定に反する部分は信用し難いといわなければならない。

そこで、右認定の事実に基づいて判断すると、被告岡には右後方の安全を十分に確認しなかつた過失があるが、原告ひとみも、渋滞中の車線の右側にある幅約三・四メートルのゼブラゾーンを進行しており、しかも、大型貨物自動車によつて左前方の見通しが困難であつたと考えられるので、進路前方を注視すると共に、その見通し状況に応じて適宜速度を調節して進行すべき注意義務があつたのに、これを怠つたのであり、第一事故の発生について過失があつたというべきであり、原告ひとみの過失割合は五割とみるのが相当である。なお、被告岡と原告らとの間で、原告ひとみが前記二2(二)(5)で主張するような過失割合に関する示談契約が成立したと認めるべき証拠はない。

そうすると、原告ひとみの損害額のうち被告岡が賠償すべき金額は、〈1〉原告ひとみがほぼ支払を受けたとして請求から除外している第一事故から第二事故までの損害額が五一万一四五五円(別紙損害額一覧表A記載のとおり)、〈2〉第二事故以後の損害額のうち右(四)で判断したとおり被告岡が原告ひとみに賠償すべき損害額が三八七万六七一七円、〈3〉右(二)で認定した第一事故から第二事故までの慰謝料が三〇万円であり、これらを合計すると四六八万八一七二円となるので、この金額から五割を減額すると、結局、被告岡が原告ひとみに賠償すべき損害額は二三四万四〇八六円となる。

(六)  損害の填補

まず、被告岡が原告ひとみに対する損害の填補として支払つた金額は、五五万九一四五円については争いがない上、証拠(乙A七)によると、これ以外にも六万九六四〇円が支払済みであると認められ、合計六二万八七八五円となるので、被告岡が原告ひとみに賠償すべき損害額二三四万四〇八六円から右金額を控除すると、結局、被告岡は、原告ひとみに対し、一七一万五三〇一円を賠償しなければならないことになる。

次に、被告岩本が原告ひとみに対する損害の填補として支払つた金額は、六四三万〇八九三円については争いがない上、証拠(甲三四、乙B二四)にものよると、これ以外にも五万六四八〇円が支払済みであると認められ、合計六四八万七三七三円となり(なお、被告岩本は、他にも三万九五六〇円を支払つた旨主張しているが、これを認めるに足りる証拠はない。)、被告岩本が原告ひとみに賠償すべき損害額三八七万六七一七円を上回つているので、被告岩本が原告ひとみに対して賠償すべき損害額は存在しないことになる。

(七)  弁護士費用 被告岡に対し二〇万円、被告岩本に対し〇円(請求額五三万円)

原告ひとみは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任しているところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等にかんがみると、原告ひとみが被告岡に請求し得る弁護士費用の額は二〇万円とするのが相当であるが、被告岩本に対する関係ではこれを認めることはできない。

(八)  結論

原告ひとみの被告岡に対する請求は、損害賠償額に弁護士費用を加えた合計一九一万五三〇一円及びこれに対する第一事故の日より後の昭和六三年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。しかし、原告ひとみの被告岩本に対する請求は、理由がない。

3  原告盛蔵の損害

(一)  原告盛蔵の損害額

(1) 休業損害 三万円(請求額一三万五四〇八円)

前記争いのない事実等の外、証拠(甲一一、原告盛蔵)によると、原告盛蔵は、昭和一五年一月三一日生れであり、第二事故当時、寿司店を経営していたこと、ところが、第二事故によつて外傷性頸部症候群等の傷害を負い、加療約二週間を要すると診断されたこと、もつとも、その治療のため実際に通院したのは二日だけであつたこと、その理由につき、原告盛蔵は、経営している寿司店を休むのが不可能であり、特に痛みがなかつたので店を優先したと説明していることなどが認められ、これらの事実に徴すると、原告盛蔵は、第二事故後、本来の定休日の外に臨時休業した記憶はない旨、また、寿司店の売上は第二事故の後も特に減少しなかつた旨それぞれ供述していることを考慮しても、原告盛蔵は、第二事故による受傷のため、少なくとも二日間の休業に相当する損害を被つたと認めることができる。

そして、原告盛蔵の経営する寿司店の昭和六二年分所得税青色申告決算書では、昭和六二年の所得が五一五万二六三一円であつた旨記載されていること(甲三)、昭和六三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の四五歳から四九歳までの男子労働者の平均年間給与額は五八五万三一〇〇円であることなどを考慮すると、原告盛蔵の休業損害は、少なくとも一日一万五〇〇〇円と認められ、二日間で三万円となる。

(2) 慰謝料 七万五〇〇〇円(請求額と同じ)

原告盛蔵の受傷の部位・程度、治療経過その他諸般の事情にかんがみると、慰謝料の額は七万五〇〇〇円が相当である。

(二)  損害の填補

被告岩本が原告盛蔵に対し六万二四五〇円を支払つたことは争いがないが、原告盛蔵が治療費を請求していないのは、治療費全額が被告岩本から支払を受けた六万二四五〇円によつて填補されたためであるから、被告岩本の原告盛蔵に対する賠償額から控除すべき損害の填補はない。

(三)  弁護士費用 二万円(請求額三万円)

原告盛蔵は、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任しているところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容額等にかんがみると、原告盛蔵が被告岩本に請求し得る弁護士費用の額は二万円とするのが相当である。

(四)  結論

原告盛蔵の請求は、損害賠償額に弁護士費用を加えた合計一二万五〇〇〇円及びこれに対する第二事故の日である昭和六三年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

4  原告淑子の損害

(一)  原告淑子の損害額

(1) 治療費 四万三九二〇円(請求額と同じ)

原告淑子は、第二事故による受傷のため、治療費として、兵庫医科大学病院脳神経外科につき二二万四二五〇円、坂田接骨院につき八四四〇円、合計二三万二六九〇円を要した(甲一二の1ないし19)ので、そのうち四万三九二〇円の請求は理由がある。

(2) 休業損害 一二万六七五四円(請求額四七万六七〇〇円)

前記争いのない事実等の外、証拠(甲二四、原告盛蔵、原告淑子)によると、原告淑子は、昭和一七年一月八日生まれの健康な女子であり、本件各事故当時、原告盛蔵の経営する寿司店で働いていたこと、ところが、原告ひとみ車の助手席に同乗していたとき、第一事故に遭い、頭痛、手のしびれ等の症状が発現し、一時は包丁を持つのが辛かつたこと、更に、第二事故によつて外傷性頸部症候群等の傷害を負い、頭痛、肩凝り、手足のしびれ、吐き気等の症状を呈していたこと、その治療のため、第二事故の翌日から平成元年三月二〇日まで兵庫医科大学病院脳神経外科に通院(実日数一七日)したことなどが認められ、これらの事実にかんがみると、原告淑子は、第二事故により少なくとも一七日間の休業を余儀なくされたと認めるのが相当である。

次に、原告淑子は、右のとおり寿司店で働き、昭和六二年には年額五八〇万円の給与を得ていたから、これを原告淑子の休業損害算定のための基礎金額とすべきである旨主張しているが、証拠(甲二、原告盛蔵)によると、原告盛蔵は、所得の分散という意味も含め、原告淑子について事業専従者給与額を定めていたこと、この金額は、当時の同年代の女子に比べて高額であつたことなどが認められ、これらの事業を考慮すると、仮に原告淑子が右主張のとおりの給与を得ていたとしても、休業損害として認められるのは、右給与の額のうち労働の対価としての部分に限られるというべきである。そうすると、原告淑子の休業損害算定のための基礎金額は、昭和六三年賃金センサス産業計・企業規模計・学歴計の四五歳から四九歳までの女子労働者の平均年間給与額二七二万一五〇〇円と認めるのが相当であるから、一七日間の休業損害は一二万六七五四円となる。

(3) 慰謝料 五八万円(請求額八九万円)

原告淑子の受傷の部位・程度、治療経過その他諸般の事情にかんがみると、慰謝料の額は五八万円が相当である。

(一)  損害の填補

被告岩本が原告淑子に対し一九万八四一〇円を支払つたことは争いがないが、原告淑子が治療費二三万二六九〇円のうち四万三九二〇円のみを請求しているのは、治療費のうち一八万八七七〇円が被告岩本から支払を受けた一九万八四一〇円の中に含まれており、これによつて填補されているためであるから、被告岩本の原告淑子に対する賠償額から控除すべき損害の填補の額は九六四〇円のみであると考えられる。したがつて、被告岩本が原告淑子に賠償すべき損害額七五万〇六七四円から、原告淑子が損害の填補として受領した九六四〇円を控除すると、結局、被告岩本は、原告淑子に対し、七四万一〇三四円を賠償しなければならないことになる。

(三)  弁護士費用 一五万円(請求額一六万五〇〇〇円)

原告淑子は、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任しているところ、本件事案の内容、訴訟の経過、認容願等にかんがみると、原告淑子が被告岩本に請求し得る弁護士費用の額は一五万円とするのが相当である。

(四)  結論

原告淑子の請求は、損害賠償額に弁護士費用を加えた合計八九万一〇三四円及びこれに対する第二事故の日である昭和六三年六月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

(裁判官 河田充規)

訴訟費用負担一覧表

損害額一覧表A

第一事故から第二事故までの損害額は、次のとおり合計五一万一四五五円である。

(一) 治療費 一四万五四九〇円

(1) 河村病院分 三三九〇円

(2) 多根病院分 七万一六四〇円

(3) 兵庫医科大学病院分 七万〇四六〇円

(二) 通院交通費 一万九三二〇円

(三) 休業損害 三四万六六四五円

損害額一覧表B

第二事故から平成二年末日までの損害額は、次のとおり合計六七六万八五一五円である。

(一) 治療費 二一八万五二八〇円

(1) 兵庫医科大学病院分 二一二万八八〇〇円

〈1〉 脳神経外科 五七万三九三〇円

〈2〉 麻酔科 一四八万九一一〇円

〈3〉 リハビリ科 四万〇二二〇円

〈4〉 整形外科 二万五五四〇円

(2) 市川整骨院分 五万六四八〇円

(一) 通院交通費 二六万六六〇〇円

(三) 休業損害 四三一万六六三五円(但し、平成元年一二月三一日まで)

(1) 給与 二九二万五八六六円

(2) 賞与 一三九万〇七六九円

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